2013年4月23日火曜日


―21世紀COE産学協同医工学研究により加齢医学の国際共同研究体制確立へ

加齢医学研究所、スモレンスクステートメディカルアカデミーと
学術協定を締結

 


 保健医療の統計において、大変興味深い現象が進行している地域があります。
 ロシアでは、90年代初頭から平均寿命が年々減少していますが、これは戦争がない時期の欧米においては歴史上例がない極めて興味深い現象です。様々な原因が考えられますが、総人口における約55%が心血管イベントで死亡すると言う統計は重要です。また経済上の問題により高額な医療費が要求される薬物療法が制限されている要因も大きいものと考えられます。
 図にロシアにおける千人あたりの死亡率と出生率を提示します。死亡率が出生率を上回り、人口が減少に転じています。

図1 ロシアにおける出生率死亡率の年次変化

 さて、翻って本邦においても食生活の欧米化に伴い、心筋梗塞、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性疾患が増加傾向にあります。これらの心血管イベントの発生は、生命予後を制限するだけでなく、高齢者のQOLを大きく妨げています。更に重要なのは経済的な問題です。国民経済における縮小傾向は、高齢化社会の到来に伴って近い将来に予測される人口の減少が重要なファクターとなって行く事は容易に予見できます。
 この三月に施行された国民医療費の三割負担が、病院医院の外来診療に大きな影響を与えたことは、医療現場の前線で外来に携わる医師の実感です。今回は三割負担でしたが、保健医療が財政を圧迫しつつければ四割五割と進んでいく可能性も否定しきれないものと考えられます。
 すなわち、近い将来に、人類史上例がないスピードで人口構成の高齢化が進み、かつ、医療経済の限界が目の前に迫っているというのがわが国の現実です。経済の破綻が医療現場を直撃することは、ロシアの現実が証明しています。
 地域によっては、「薬が高いので・・・」という患者からの声が、既に外来の担当医を困惑させ始めています。確かに長期予後に効果のあることがメガスタディにより示唆されている新薬でも、患者さんが経済的に購入できなければどうしようもありません。このような経済問題は、既に現在ロシアで進行している現象でありますし、今後日本で到来することが予測される現実とも言えるかもしれません。
 両国における動脈硬化などに関する保健医療の研究はある意味で愁眉の急とも言えるでしょう。経済学的により生命予後に優れた薬剤インターベンションへ向かわなければ国家経済がそれを負担しきれないことは、今年度の保健医療の改正でも明らかです。より安価な薬剤でより大きな統計学的な効果が望まれていくのは自明でしょう。そのためには、動脈硬化の長期予後に関する多国間の統計学的研究は不可欠になって行きます。何より、既に現場の患者の声がそれを証明しています。
 そこで、日露協同で動脈硬化研究へ着手しようという発想に至りました。
 スモレンスクは、モスクワの西約300kmの中堅都市であり、スモレンスクステートメディカルアカデミーはロシアの西側領域における唯一の医師養成期間、医学研究機関です。ちょうど帝国大学時代の東北帝国大学医科大学のような存在に当たるとも言えるかもしれません。古くはロシアの前身であるモスクワ大公国と覇を競ったスモレンスク大公国の首都で、東欧における覇権争いで最終的にはロシアに編入された歴史を持ちます。
 スモレンスクもある意味でロシアの現況を典型的に体現する地域で、総死亡に於ける心血管イベントの占める割合は59%を超え、そのほとんどが虚血性心疾患です。経済学的な限界と高齢化社会を迎える日本にとって極めて興味深い保険医療分野におけるフィールドと言えるかもしれません。
 そこで、加齢医学研究所と、スモレンスクステートメディカルアカデミーは、加齢医学研究における国際共同研究体制を確立するべく、学術協定を締結する運びとなりました。
図2 スモレンスクステートメディカルアカデミーのビクターAミラーゲン副総長と、
加齢医学研究所の帯刀益夫所長

 2003718日、加齢医学研究所大会議室において、学術協定の調印式が挙行されました。
 スモレンスクステートメディカルアカデミーからは、副学長の、ビクターAミラーゲン教授と、同じく研究担当副学長のニコライAファラシューク教授が来日され、加齢医学研究所の帯刀益夫所長とともに調印式が行われました。
 調印式の事務手続きに当たって奔走していただいた本郷事務長、丸本庶務掛長に深謝いたします。


図3 学術協定のサインを行うビクターAミラーゲン副総長と、帯刀益夫所長、
調印式を撮影する丸本庶務掛長。

 調印式の後、加齢研シンポジウム並びに21世紀COEバイオナノテクノロジー基盤未来医工学のバックアップを得て、日露協同国際医工学シンポジウムが開催され、活発なディスカッションが行われました。
 更に翌19日には、仙台市内の第1線の病院医師、開業医などを集めて第1回東北脈波情報研究会が開催され、本邦における最新データとともにロシアの動脈硬化の現状について講演が行われました。
 加齢医学研究所とスモレンスクステートメディカルアカデミーは、特にロシアでは主たる死亡要因であり、日本でも最近増加が著しい動脈硬化性疾患にフォーカスを置いて、既に共同研究のプレリミナリースタディを開始しています。
 動脈硬化においては様々なパラメータが応用されていますが、最近開発された脈波伝播速度の簡易測定装置は、血圧測定用のマンシェットを巻くだけで極めて簡便な定量的な測定が具体化するので、急速に開業医から病院までの実地医家に普及し始めています。若干のコミュニケーションギャップが不可避になる国際共同研究においては再現性のある簡便の方法論がデータ収集に不可欠になります。そこで、小規模なプレリミナリースタディから研究を開始いたしました。
 その結果、両国における加齢に伴う動脈硬化進展の様式が有意に異なることがわかり、加齢医学における興味深いデータが次々に得られるようになりました。


図4 脈波伝播速度の加齢変化の日露比較、ロシア人のほうが動脈硬化の進展が早い。

 図に提示するように、日本でもロシアでも、加齢に伴って脈波伝播速度は増加傾向にあります。年齢層別に比較すると、早くも四十代前後には、ロシア人では日本人よりも有意に脈波伝播速度が大きい傾向を提示するようになり、五十代にはこの傾向がますます拡大しています。
 すなわち、ロシア人は、日本人に比較して明らかに動脈硬化の進展が早いことが示唆されています。
 また、症例数が十分ではないので、数学的解析の段階と言うには限界はありますが、仮に直線回帰を行うと更に興味深い現象も示唆されます。
 すなわち、日本人でもロシア人でも直線回帰を行うと、ゼロ軸切片がほぼ一致します。これはすなわち、出生時においては日本人でもロシア人でも、ほぼ脈波伝播速度が一致すると言う事実を示唆する所見です。これは、誕生したときには日本人もロシア人も差がないのに、成長につれて両民族の差が開いていく現象を提示していることになります。
 両国における加齢医学を追求するのに興味深い基礎データといえるでしょう。
 どこで話を聞いたのか、ロシアのテレビ局、TVCが、この日露協同の脈波伝播速度を用いた動脈硬化研究のプロジェクトの取材に参りました。
 TVCのキャスターさんが、日本で開発された独自の脈波伝播速度計測装置で、動脈硬化の進展について自ら被験者になって取材していかれました。
 このキャスターさんは、ロシア人にしては意外と動脈硬化は進んではいなかったようですが、日本人に比べてロシア人の動脈硬化の進展が早いと言う我々の研究結果は、ロシアの視聴者にとってはたいへんショッキングであるとコメントして行かれました。



図6 ロシアのテレビ局、TVCによる日露国際共同研究の取材、
脈波伝播速度を計測されているのはキャスターのネカニエフAアレクシービッチ氏

 このように脈波伝播速度によって計測される動脈硬化の変化においてもたいへん興味深い現象が観察されています。
 この研究は民間との共同による産学共同研究によるもので、昨年採択された東北大学の21世紀COE:バイオナノテクノロジー基盤未来医工学では、医学工学協同によるこのような産学協同や、国際共同研究を積極的に推進しています。
 現在、更にこのような新しい方法論から新しい診断法の開発へ結びつけるべく研究が進められており、加齢医学研究所には新しく産学協同研究のための寄付部門が設置されました。
 今後更に幅広い分野で、国際学術協定を生かす形で更に積極的に共同研究を推進し、両国における加齢医学の発展に大きく貢献していきたいと考えています。

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