2014年4月3日木曜日

カオスの起源under construction


はじめに


一種の「複雑系」とも考える事ができる生命現象を、システム全体のダイナミクスに注目しながら解き明かすために、これまでに多くの挑戦が行われてきた。多くのフィードバックループを持つシステムの制御とコミュニケーションに注目したWienerは、サイバネティクスの理論を考案して生命現象や社会現象をトータルシステムとして説明しようとした。またシステムの生み出すコミュニケーションなどの情報を定量化しようと言う試みは、Shannonによる情報量理論として結実しているが、他の分野へのアプリケーションは意味論との絡みで批判も受けている。70年代にはいってPrigogineの散逸構造の理論が、ノーベル賞の対象になっているし、カタストロフの理論は、構造安定性を持つ力学系の微分方程式から自然現象の不連続性を解き明かす魅力ある理論体系として注目され、形態形成の数学理論に関する多くの研究が行われた。最近では80年代から90年代を通じてカオス理論やフラクタル理論の多くの分野へのアプリケーションが試みられてきた。カオスやフラクタルが他の理論と比較し 垂「のは、その遍在制であり、自然の構造のかなりの部分にフラクタル的な構築が観察されるし、時系列信号の多くの局面でカオス的な挙動が顔を出すという報告も行われている。かかる点から、映画や小説等エンターテインメントの素材としても好んで用いられる傾向にある。

 「カオス」という単語は、そもそもはリーとヨークの1975年の論文に由来しており、一般的には決定論的な方程式が生み出す不規則運動を示すが、この定義はある意味でかなり拡張されたもので、扱うモデルのクラスが異なれば、カオスの特徴付けもまた異なってくる。1次元の連続写像におけるカオスの特徴付けは、2次元カオスの特徴付けには不十分なこともあるし、保存系と散逸系ではまた異なってくる。カオスの定義が定まらない、と、いわれる理由は一つには、扱うモデルや対象の範囲が拡大していることもある。元々のカオスの問題に関する数学的対応は、シフト力学系が部分力学系として埋め込まれていることから、複雑な挙動の存在を証明しようとするものだった。これらの位相的カオスの存在を前提に、1980年代を通して複雑な挙動の観測可能性を考慮に入れた結果が提出されるようになってきた。

 一見して不連続的な挙動を示す心臓病やてんかん等における病態の変化に対しては、医学分野でも比較的早期からこれらの非線型力学を応用した理論の応用が試みられてきている。心電図や脳波等の生体の電気現象にカオス的なダイナミクスが存在する事は示唆されてから久しく、最近ではこれらの定量化による生体の非線型特性に基づいた新しい診断法の開発が注目されている。しかしながら、生体に観察されるカオス性の成因については多くの推測が行われているものの、定説がないのが現状である。特に循環動態においては心拍変動にも動脈圧の時系列曲線にもカオス性が認められるという報告があるが、心拍変動は直接的に動脈圧に影響するし、動脈圧は圧受容体を介して中枢から心拍変動に影響を与えているので、これらは相互に相関している。


これらの相互に複雑なフィードバックループを形成している一種の「複雑系」において、カオス性の成因を探るのは必ずしも簡単なことではない。
本研究ではかかる点を鑑み、心拍変動にも、また心臓の収縮性にも全くゆらぎを持たない循環系を、人工心臓を用いることによって作成し、心臓血管系のカオス的ダイナミクスの成因について追及する。更に、医学研究は臨床の現場に立ち返らなくては行けないという原点に返り、非線形ダイナミクスにおける情報の流れの概念や、カオス性の定量的評価の方法論を、臨床の現場にフィードバックし、新しい診断、治療の方法論の開発へむすびつけることが最終的な目標となる。 
 

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