2015年1月4日日曜日

ばずびーの罠

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放射能恐怖という民主政治の毒(5)「真実を語る人」 とチェルノブイリの亡霊(後編)

小野昌弘 | イギリス在住の免疫学者・医師

前編からつづき
2.弱者の味方
つまり放射線問題で我々が気をつけなければならないのは電力会社との癒着だけではない。甘い声 で近寄ってくる、一見弱い者の味方の顔をした人たちが、何らかの別の目的(経済的利益や政治的な目的)のために、我々の不安を利用しに来ているのかもしれ ないのだから。こういう一部の人たちのために放射能おばけが現れ、人々に恐怖を吹き込み、民主政治を阻害しているのだとしたら、これは座視できない問題 だ。
前項で紹介したように、 クリス・バスビー氏らがかつてウェールズで低容量の放射線汚染による白血病の増加がみられたと主張したが、実のところ彼らは統計的手法を無視して、自説に 都合の良いデータを集めて解析し、査読システムを経ないで世間に発表していたのである。そのときウェールズのメディアが十分にバスビー氏に対して批判的で なかったことで、結局このニセ科学の相棒を担ぐことになり、ウェールズを混乱に陥れた。
しかしバスビー氏はこの問題であまり懲りなかったようだ。福島原発事故のあと、日本で全く効果がないと思われる「抗被曝薬」を高額で売りつけていたことを英紙ザ・ガーディアンに暴露された。
弱者の味方として振る舞う者たちがより客観的とは限らない。放射線問題においては、科学的な調査と人々の対話、つまり民主政治の促進こそが問題解決の鍵なのだということを忘れてはいけない。
3.チェルノブイリの亡霊
福島の原発事故は、しばしばチェルノブイリと比較され る。それは正当なアプローチのひとつであるし、それ自体批判されることは何もないが、ここで注意すべき重大な落とし穴がある。それは、チェルノブイリで 「隠された真実」が、福島で再び起こっている考えてしまう落とし穴である。これは「旧ソビエト政府が隠蔽したように日本政府が隠蔽している」と疑う不信と 言い換えても良い。
2012年12月、オーストラリアの小児科医・反核活動家であるヘレン・カルディコット医師が議員会館で講演をした。そしてカルディコット氏は「放射能汚染下における日本への14の提言」(1) を行い、この内容は衆議院原子力問題調査特別委員でも取り上げられた(2)
この「日本への14の提言」の中で、カルディコット氏は『日本のすべての医師や医療従事者は、ニューヨーク科学アカデミーから出版された、 「チェ ルノブイリ大惨事、人と環境に与える影響」(3) を読んで、自分達が直面している状況の真 の医学的重大さを理解するように』命じている (4)。カルディコット氏が日本の医師らにこの本を読むことを命令さえしていることは、大変に興味深いことだ。
実は、この本(論文集)「チェルノブイリ大惨事、人と環境に与える影響」を出版したニューヨーク科学アカデミー自身が、この本に幾つもの根本的な疑問・疑念が寄せられていることを同ウェブサイトで明確に表明している(リンク)。 同雑誌によれば、この本はロシア語で書かれた論文集の翻訳で当時、チェルノブイリの文献を翻訳して紹介するプロジェクトの一環として出版されたが、同誌の 査読を経ていないものだという。そして、(この本の査読の代理としてだろうが)、同論文集の具体的な問題点を詳説した論文(5)さえ紹介している。しか も、この本は絶版であり、今後ニューヨーク科学アカデミーは再版しないことまで明言している。
科学者の読者ならもう頷いていることと思うが、これだけのことを雑誌社が書くことは普通ではない。雑誌社はこの論文集から距離をおきたがっており、この論文集が大変ないわくつきのものであることは明瞭である。
おそらく、今ネットをよく見るひとならば、一度は「チェルノブイリで原発事故により985,000の人が亡くなった」という記事を見かけたことがあるだろう。実は、この数値の根拠になっているほぼ唯一の証拠が、このいわくつきの論文集なのである(5, 6)。
カルディコット氏は、福島原発事故直後の2011年4月に、英紙ザ・ガーディアン上で、英国の執筆家・環境活動家のジョージ・モンビオ氏と 論戦を交わした(6, 7)。ここでも、カルディコット氏は福島事故に関連した放射性物質による汚染の危険性のほぼ唯一の証拠として、ニューヨーク科学アカデミーの「チェルノブ イリ大惨事、人と環境に与える影響」をあげている。モンビオ氏はこの論文集の問題点を具体的に批判したが(6)、カルディコット氏はそれに対して回答をし ていない。
そのモンビオ氏との論争から3年以上が経つというのに、カルディコット氏は相も変わらず、すべての日本人医師が『ニューヨーク科学アカデ ミーから出版された「チェルノブイリ大惨事、人と環境に与える影響」』を読むように命じている。同氏の科学的正確さに対する無関心と真摯さの欠如には気が 遠くなってしまう。少なくともこれは、まっとうに教育をうけた医師や科学者のすることではない。
カルディコット氏は「ほぼ全ての政治家、財界人、エンジニア、そして核物理学者においてすら、放射線生物学や先天性奇形、何代にもおよぶ遺 伝性疾患について全く理解していない」と言って、自分が政治家たちに直接提言を行うことを正当化する。しかし、もし本当に真摯な気持ちから日本に貢献した いと同氏が思うならば、氏は日本の医師・小児科医・放射線科医・遺伝学者らと話せば良いではないか。私は、日本には同氏よりも優れた科学者・医師がいくら でもいるということを断言する。それをすっとばして国会議員たちに取り入ろうとしているとしたら、これはバスビー氏がまともな科学雑誌での出版もできずに ウェールズのメディアにとりいったのと同じ構造に見える。
バスビー氏、カルディコット氏が一致して行動したことの一つは、瓦礫焼却問題である。カルディコット氏は、上出の14条の提言の中で「いか なる状況においても、放射能を帯びたゴミや瓦礫を焼却してはならない」と命じている。どうして両氏がそこまで瓦礫焼却問題にこだわったのか、その本当の理 由はわからない。その後の経過から振り返って言えるのは、瓦礫問題は被災地と非被災地のあいだの分断を促進したし、さらには「放射能おばけ」を大きく成長 させた。一方で、瓦礫焼却が有意に放射性物質の汚染を広げたという証拠は聞かない。
また、福島4号機の核燃料プールについて悲観的な味方を彼らは広めたが、実際には4号機の燃料は何の事故を起こすこともなく無事取り出しが完了した。つまり、現状はバスビー氏やカルディコット氏が騒ぎ立てるほどには悪くない可能性が高い。
こうした人物たちの動向をみて分かることは、チェルノブイリ後に現れた特定の勢力が、チェルノブイリで行った言説を、福島で繰り返している ということだ。つまり我々は、チェルノブイリの情報だからといって鵜呑みにしてはいけない。チェルノブイリで白血病・がん・先天奇形が多発していると言っ てウクライナ・ベラルーシ・ロシアの人々を恐怖に陥れた放射能おばけが、現代の日本に再び現れている。この「放射能おばけ」は外国由来なので、「チェルノ ブイリの亡霊」と呼んだほうが語呂がよいだろうか。
甘い仮面をつけた外国の亡霊が、日本の統治機構の根幹に忍び寄っている。
次回は、現状を打開するための解決法について考えてみたい。
文献・リンク・注釈
1.英語版および日本語版
2. 最近では、カルディコット氏は2014年3月に菅直人元首相と会談している(リンク)。
3. Yablokov et al (2010) Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment. Annals of the New York Academy of Sciences. Wiley-Blackwell, New York.
4. 原文は、All physicians and medical care providers in Japan must read and examine "Chernobyl- Consequences of the Catastrophe for People and the Environment" by the New York Academy of Sciences to understand the true medical gravity of the situation they face.
5. これらの批判のほうは査読された論文である。たとえば,
Balonov MI. (2012)On protecting the inexperienced reader from Chernobyl myths. J. Radiol. Prot. 32. 181-189
6. George Monbiot.Nuclear opponents have a moral duty to get their facts straight. 13 April 2011, the Guardian.
7. Helen Caldicott.How nuclear apologists mislead the world over radiation. 11 April 2011, the Guardian.


小野昌弘 イギリス在住の免疫学者・医師
現職ユニバーシティカレッジロンドン上席主任研究員。専門は、システム免疫学・ゲノム科学・多次元解析。関心領域は、医学研究の政治・社会的側面、ピアノ。京大医学部卒業後、皮膚科研修、京大・阪大助教を経て、2009年より同大学へ移籍。札幌市生まれ。

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